Category | 先生と私

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先生と女子会

01/26
2009年4月18日のお話

30回目の調整の後、くまごろう先生とお昼ご飯を食べることになった。
以前、HP作成の打ち合わせの時に行った、近くの喫茶店に入った。

私:「くまごろう先生はどうして、あごずれ治療をやろうと思ったの?」

くまごろう先生:「患者さんでなかなか顎関節症が良くならない人がいて、悩んでいた時に、メーカーの人が丸山先生の講習会のチラシを持ってきたの」

私:「それで勉強することになったんだぁ」

くまごろう先生:「私、大学で麻酔科に残ったでしょ。麻酔科は全身を診るのね。丸山咬合療法も全身を診るの」

私:「そうだ、麻酔科の免許も持っているんだよね」

くまごろう先生:「私は歯科医なんだけど、大学病院に勤めていた時は、医科に出向していたんだよね」

私:「えっ、それじゃあ、お医者さんと同じじゃないの」


はあー、通りでくまごろう先生は歯科医の域を超えていると思った。
歯科の麻酔科医であっても、大学病院の医科にいれば、患者さんも病院側も医師としての見る。
誰も歯医者だとは思わない。
くまごろう先生は医科で、麻酔科医として様々な手術にも立ち会い、そして勉強してきたのだろう。


私:「先生はどこか具合が悪いの?」

くまごろう先生:「どこも悪くないの」

私:「えっ、どこも悪くないのに、こんな治療始めようと思ったんだ」

くまごろう先生:「でも、考えてみると私の周りにも具合の悪い人ばかりなんだよね」


それから、私はくまごろう先生から顎位についての話を聞いていた。
もう、アゴ女子会というか、くまごろう先生の一人講演会というか、話題はアゴと不定愁訴と難病。

ふと窓を見ると、外が暗くなっている。
雨が降っていた。
雨が降っているからこんなに暗いんだろうか?
時計を見ると、5時近くなっていた。

昼食を食べに来たのに、もう夕方になっている。
私達は4時間もアゴの話をしていたのだ。

くまごろう先生が良心的で熱心な先生だから、私も治療を続けて来られた。
3つ目のマウスピースのアゴの位置は、くまごろう先生が決めるという。
何とか良くなってその恩に報いたい。

この日の事は、一生忘れないでおこうと心に誓った。
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プロフィールの写真

11/04
私のプロフィールの写真は、オルゴールのお人形。


オルゴール2



ブログを書こうと思ったとき、写真はすぐにこれを使おうと思った。
それはこんな理由。

2008年12月29日のお話

この日、くまごろう先生は私の家に来ることになっていた。
くまごろう歯科のHP作成があまりにも進まないので、年末の休みに打ち合わせしようと私が提案し、歯科医院の写真撮影はもうないので、場所はいつもと違って、私の家で行うことになった。

しかし、約束の時間が過ぎても先生は来ない。
あまりに遅いので、携帯電話に連絡すると、あちこちと挨拶回りをしているようだ。

休みに入ってもくまごろう先生はお忙しい。
かなり遅れて先生が我が家にやってきた。
しかも、我が家にも菓子折りを持って・・・
いやいや、お世話になっているのはこっちの方なんだから、うちに菓子折りにはいらないんだってば!
と言ったが、結局頂いてしまった。

さて、HP打ち合わせかと思いきや、先生の日程は詰まっているという。
あらら、今年はついにHPは出来ず・・・
まあ、来年頑張りましょう。

そうだ、先生にお見せしよう。
きっと感動してくれるに違いない。

私:「これ見て」


オルゴール1




くまごろう先生:「あっ、うん」

私:「うんって、感動ないなー!!」

くまごろう先生:???

私:「これ、くまごろう先生から貰ったんだよ」

くまごろう先生:「え゛っーーー、私じゃない」

私:「いや、絶対くまごろう先生から貰ったものだよ」

くまごろう先生:「いつ?」

私:「小学校2年生のお別れの時」

くまごろう先生:「私じゃない、お母さんだ、だって私お金持ってないもの」

私:「あははっ、そりゃそうだ-」


なーんだ、先生は覚えてなかったか。
でも、この状態で何十年も持っていたのは我ながらすごいな。

毎年、クリスマスのころ、私は年賀状の準備をする。
何十年も会っていない、友達に年賀状を出そうか迷うけど、このオルゴールの人形を見ると、今年も出そうと思ったんだよね。

オルゴールの曲は白鳥の湖なんだけど、私の頭の中には、いつも「北の宿から」流れる。

あなた変わりは ないですか
日毎寒さが つのります
着てはもらえぬ セーターを
寒さこらえて 編んでます


くまごろう先生からは、5年に1回くらいしか年賀状は来ないのよ。
だから北の宿からが流れるんだわ。

年賀状は私にだけじゃなくて、皆さんにそうだったんですって。


といわけで、プロフィールの写真は、くまごろう先生から頂いたオルゴール。
だから、すぐにこの写真を使おうと思った。

ちなみにURLのevea60は、目の前にあった鎮痛剤。
iy1310.jpg
はじかれると思ったたんだけどね。
今はもう飲んでいない。

ブログを書こうと思った理由 その3

10/08
治療体験のブログを書くには、主治医の名前を決めなくていけない。
先生へメールするも返事はなし。
これは診察の時に、先生から了解を得なくては。

21回目か22回目の調整日
診察の時は、ブログについては話せず・・・

しかし、今日先生の名前を決めてしまわないと、またいつになるかわからない。
私の診察を終えると、少し離れたところで、先生がパソコンを入力している。
この入力が終わると、先生は次の患者の元へ行ってしまう。

今だ、今しか話せない。

パソコンを入力している先生の背後からジョーズのように、静かに近寄る私。

私:「あの、あのう・・・先生のハンドルネームって、くまごろう先生で良いかな?」

先生はパソコンの画面を見たままだが、首を縦に振ったのがはっきりわかった。
そして口元が微笑んでいた。

私:「あっ、忙しいのにごめん」

そしてジョーズは先生の元を離れた。




このブログを書き始めた時は、1年くらいで治療は終わるのではないかと思っていた。
しかし、全身に及んだ症状は良くなったり、悪くなったりを繰り返し、今は何とか普通の生活が出来るようになった。
くまごろう先生には、今も定期的に診ていただいている。

今まで作ったマウスピースは全部で4つ。
今は使うことはほとんどないが、一つ一つに想いが込められている。

こんな患者はめったにいないみたいだけど、複数必要な人もいるんじゃないかな。

私がブログを書こうと思ったのは、咬合治療はそんなに簡単なものじゃないと伝えたかったのが一番の理由。
でも、くまごろう先生が勉強していることって、色んな治療の組み合わせだから、日々進化しているのね。

このブログもなかなか進まないけど、少なくても後4年分の治療体験があるのよー。(^^;
くまごろう先生もさらに進化して、果たしてどうなることか?


このブログが患者さんの治療の参考になれば幸いです。
私の現在の治療については、リンクさせていただいています「あごずれどっとこむ」を見ていただければわかります。

ブログを書こうと思った理由 その2

09/25
ブログを書こうと思った理由の一つに、ネットで知り合った患者から、途中で具合が悪くなって、治療をやめてしまう患者が沢山いると聞いたからだ。

その方に途中でやめてしまった人は、ビニールを噛む応急処置や舌のリハビリ、そして2つ目のMFA装置を作ったのか、先生はいつでも対応してくれたかと聞くと、そんなことはやっていないと返事だった。

いやいや、それじゃあ、私だって途中でリタイアしてるわ。

そして、あるジャーナリストが丸山咬合療法で治った人なんかいないと言っているを聞いた。
直接、このジャーナリストから聞いたわけではないので、どういう事なのか今一わからないが、アンチであることは確かである。

私はこのジャーナリストは嘘は言っていないと思う。
治ったという人の話を聞いたことがないのでは?
治った人と治らない人の違いは何か、もっと患者からの情報があると良いだろう。

さて、ブログを書こうにも知識がない。
早速、友人からレクチャーを受けた。
なるべくシンプルなブログにしたい。
私はコミュニティサイトの専門用語がほとんどわからない。
わからないものを入れないようにすると、本当にシンプルなブログ画面になった。

後は、先生の名前だな。
覚えやすい名前が良いので、何か動物にしよう。

・・・・クマだな。
イメージはこんな感じ


illust2820_thumb.gif


クマ



くま



くまごろう!!

ヾ(@°▽°@)ノあはは インパクトがあっていいんじゃない?


2008年9月25日 先生にこんなメールを送った。

私の体調はまだ波はありますが、確実に良い方向に向っています。
1個目と2個目の装置をうまく使っています。
最近は毎日、ブログをどうやって書いていこうか考えています。
歯科に迷惑がかからないようにしなくてはいけないし、
先生のことを何という名前で書こうかなと考え中です。
今のところの第一候補は「くまごろう先生」です。
何か希望がありましたら、メール下さい。



結果、先生から返事はなかった。

やっぱ、くまごろう先生じゃダメかー?!

ブログを書こうと思った理由 その1

09/23
このブログは過去の事を思い出しながら書いている。
やっと、2008年11月まで書いた。

すっかり忘れて書いていなかったことがある。
このブログを書きだしたのは、2008年10月ではないか~。

あらら、ブログを書くことになった経緯が何も書かれていない。
ブログを書こうと思ったのは、2008年9月頃だった思う。

治療を始めて、最初は劇的に体調が良くなったが、装置が少しでもずれてると、ものすごく具合が悪くなった。
全身が痛むという体験もした。

この治療は難しい。
簡単に症状が良くなる人もいれば、私の様に何度も調整して、2つ目が必要な人もいる。
歯科医師が対処しなければ、途中でやめてしまう人がいても当たり前だ。

20回目の調整の時の会話だと思う。

くまごろう先生:「私の友達なんかね、治療の途中であまりにも具合が悪くて、もう本書いてやるって言ってたよ」

私:「あー、その気持ち良くわかる。治療経過でこんなに具合が悪くなりますって本に書いてあればいいね」


本・・・

本は無理でも、ブログがあるではないか。
ブログなら私にも書けるかもしれない。
お金もかからないし、情報を知りたい人がいるかもしれない。


そして後日、ブログについてくまごろう先生に相談した。

私:「あのさぁ、私治療経過のブログを書こうと思うんだけど」

くまごろう先生:「うわー、いっぱい書いて」

私:「書いてやる。治療の途中で死ぬほど具合が悪くなるって書いてやる」

くまごろう先生:「そんなに具合が悪くなる人はめったにいないんだけどねー」

私:「いや、きっと私みたいな人はいると思う」

とりあえず、くまごろう先生からブログを書くことの承認を得た。
プロフィール

くうにゃん

Author:くうにゃん
大学病院で外科矯正しました。綺麗な歯並び、しっかりした噛み合わせ。でも、ブラケットを外したその日から具合が悪くなりました。
2008年より丸山咬合療法および動的平衡対応・咬合医療、そして様々な代替療法で完治を目指しています。

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