Archive | 2009年03月

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枕をさらに高くした

03/31
枕の高さをいろいろ変えてみた。
私の場合は少しずつ高くして様子を見てみた。
薄いサブトンの上に枕を載せて、さらに厚いバスタオルを重ねる。
治療を始める前より、かなり高くなった。

おおぉぉぉ w(*・o・*)w 朝の首の回りが全然ちがう。
治療を始める前は朝、首のストレッチに30分以上かけていた。
妹にトイレで死んでいるのではないかと思ったと言われるくらい、立つことも辛かった。
首が回らないって本当に辛いのよ。

寝ている間の頚椎の角度って、とても大事だと思う。
特に食いしばるクセのある人は是非、是非、枕の高さを変えて試してみて。
後、舌のリハビリもお忘れなく。
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ネフローゼ症候群その8

03/29
くまごろう先生は丸山咬合療法には、副作用がないと言った。
ただし、MPAがずれると死ぬほど具合が悪くなる。
それを副作用というのか、言わないのかが問題だが・・・
でも、丸山咬合療法では髪の毛も抜けないし、体重も増えないし、ムーンフェイスにならないし、骨もスカスカにならないし、血液検査も問題がない。
確かにステロイドの副作用とはちがう。

ここでもう一度、その1で書いたことを振り返ってみよう。
>>私はネフローゼの治療と丸山咬合療法は良く似ていると思うのだ。

何が似ているのかまとめてみる。
あくまでも私の場合である。

1.治療する前は何が原因で具合が悪いのかわからない。
2.原因が分かった時はすごく嬉しかった。
3.最初は劇的に効果が出る。
4.医師の調整で体調はとても変わる。
5.調整できない医師が担当になると、とんでも無いことになる。
6.体調は良くなったり、悪くなったりを繰り返す。
7.医師との信頼関係が大切。

まあ、こんな感じで私は丸山咬合療法とネフローゼの治療がダブるわけ。
それで収集がつかなくなってきたネフローゼ症候群ブログ(^^;(最終回)
何を言いたかったのかというと、丸山咬合療法はステロイドの代わりにならないだろうか?

もちろんMPA装置付けただけで、病気は治らないけど、私は自分で体験してみて、何か身体に免疫力はつくと思うのね。
だから、いろんな病気でステロイド使っているのを見ると、丸山咬合療法で良くならないかなーって考えてしまう。
実際、丸山先生の本には顎ズレは癌にも関係するって書いてあるけど、私はその通りだと思う。
何年かの後には、丸山咬合療法でステロイドをやめられる人がいっぱい出てくるかも?
私はそんな時代が来るかもしれないと思っている。
それには良心的で、もちろん技術があって、やる気満々の先生と出会うこと。
どんな治療も病気を治せないと意味がない。

ネフローゼ症候群その7

03/28
何かステロイドの変わりになるものはないだろうか?
当時はインターネットもなかったので本で調べた。
人から良いと聞けば何でも試した。
東洋医学、漢方薬、神がかり的なものから宗教、マルチ、とりあえず話は聞いた。

この中で私が長く飲み続けたものは、一和の「高麗人参液」だった。
一和以外のものも飲んでみたが、ドロ臭くてとても飲めたものではなかった。
黒くてドロドロした液体をお湯に溶かして、お茶として飲む。
これを一日かなり量を飲んだ。
お金もかかるので、当時は韓国から送ってもらったりした。

それと今でもほとんど毎日使っている「スタファー」っていう健康医療機。
残念ながら、この機械は10年以上前に製造中止されてしまったらしい。
私はこのスタファーを使った健康教室みたいなところに当時通ったんだけど、製造中止の話を聞いて買ってしまった。
20万くらいはしたけど、高い買い物ではなかったと思う。
スタファーは、もう製造していないので、世に出回ることはまずないけど、検索してみたらなんとは歯医者さんにおいてあるところがあった。
スタファーの写真が出ている。
http://www.iwatashika.com/equipment/index.html

これと同じ。
こちらの先生は丸山咬合療法とは全然関係なくて、別の噛み合わせの勉強をされているみたい。

私が通った健康教室は、ダイエットと整体で来ている人がほとんどだった。
先生のご主人が腎臓を患っていて、透析されていたので、先生も私のネフローゼには親身になってくれた。

先生のご主人:「プレドニン飲んでるのかい?」

私:「はい、飲んでいます」

先生のご主人:「プレドニンが出始めた頃は、凄かったよ。寝たきりの人がプレドニン飲んだだけで、次の日歩いているんだから。当時は医者も薬の使い方が分からなくて、退院して薬やめた患者は、すぐにまた逆戻りさ」

実際私も薬の調整がうまく行かなくて再入院させられるところだった。
最初8個飲んでいたプレドニンは、徐々に1個まで減らし、1個を半分に減らし、1/4に減らし、最後は粉にして終了した。
その期間4年。

私がステロイドを止めたくて、長く続いた副作用のないものは、この二つだった。
副作用のないものって、さがすの大変よ。
お金はかかるし、続けられないと意味がないし。

さて、ここで2009年の今、考えられるのは丸山咬合療法。
くまごろう先生は副作用がないと言った。

ネフローゼ症候群その6

03/27
ネフローゼ症候群で使った薬はステロイドのプレドニン。
この薬の副作用が辛い。

歯が風に当たるとしみるようになった。
整形外科で骨の検査をする。

医者:「残念ながら・・・」

残念ながら?!( ̄□ ̄;)!!

医者:「貴方の骨は70代です」

C=(^◇^ ; ホッ! 一瞬、癌って言われるのかと思った。
いやいや、20代なのに70代はまずいだろう。
転んだりしたら大変だ。

私はこの10年後歯列矯正をすることになる。
もっと早く矯正したかったと思うことがあるけど、良く考えたら70代の骨では歯列矯正は出来なかっただろう。

ステロイドの治療から半年も経つと、どのくらいの薬が必要なのか自分でわかるようになってきた。
医者にこちらから、もう少し減らしましょうとか、もう少しこの量で行きましょうとか、言うようになった。
何度も体調が悪化すると自分でコントロールする方が確かになったからだ。

プレドニンをいつまでも飲み続けるわけにはいかない。
何かステロイドの変わりになるものはないだろうか?

ネフローゼ症候群その5

03/23
私がネフローゼになったのは、20年前のお話。
完治まで4年かかった。
3か月間の入院で、後半の2か月間は病院から通勤した。
私は病気とはいえ、とてもやる気のある人間だった。

私を苦しめたのは、病気そのものよりもステロイドの副作用だった。
入院して暫くしてから髪の毛が細くなった。
当時の髪形はストレートのロング。
まるでシャンプーのCMに出てくる人のようなサラサラの髪になった。
しかし、その髪の毛がハラハラと抜けるようになった。
8人部屋の病室で私が歩いたところは、長い髪の毛が沢山落ちている。
シャンプーすると、どっさり抜けて風呂の排水溝が私の髪の毛で詰まる。

私:「薬の副作用だと思いますが、髪の毛がすごく抜けるんです」

内科医師:「髪の毛が抜けるなんて聞いたこと無いなー」

( ̄□ ̄;)!!この状態が薬の副作用でなくて何だとこの医者は言うのか。
ステロイドについて書かれている本を沢山読んでみた。
すべての本に副作用で、髪の毛が抜けると書いてあった。

顔が丸くなってきた。
元々下顎が小さいので、丸いというより球という方が合っている。
ムーンフェイスとはよく言ったもんだ。

体重もどんどん増えた。
退院してからは、あれよと言う間に13Kgも増えてしまった。
今度は水で浮腫んでいるのではなくて、脂肪がついてしまったのだ。
元々食が細いのに、食べ続けた。
胃が痛くても、食べることを止められない。
明らかに満腹中枢がおかしくなっている。

こんな姿では病気が良くなっても何も嬉しくない。
医師からは副作用の説明もなければ、こちらから言ってもそんなことはお構いなしという感じで、尿タンパクさえ出ていなければそれで良しだった。
もうダメだ。この医者に頼ることは出来ない。
医師に対して不信感が募る。

しかし退院して3か月後、また病状が悪化した。
再入院するよう言われたが断った。
さらに1か月後、また全身が浮腫んだ。
いつもとは別の先生が外来にいた。

内科医師:「タクパク+4」

私:「+4って良いのですか?悪いんですか?」←すげー無知。

内科医師:「すごく悪い、入院が必要です」

あー、もう入院はいやだよ。
ステロイドを増やすことと、自宅療養するということで、入院は免れた。

ステロイドは劇的に効果があるが、薬の調整はとても難しい。
医者だってマニュアル通り量の調整をしているだけで、実際は分からないのだ。
治療は良くなったり、悪くなったりを繰り返した。

はい、ここ重要です。
医師の調整で、良くなったり、悪くなったりを繰り返す。
私はこの時の症状が丸山咬合療法とダブって仕方が無い。

枕の高さを変えてみる

03/21
丸山咬合療法を始めてから、枕の高さを何度か変えている。
私の場合は高くした。
歯列矯正をしてる頃は肩こりが酷くて、枕を低くすることだけを考えていた。
時には枕をはずして寝てみたりした。

私は歯列矯正をしている間に、いつしか右を向いてしか寝ることが出来なくなった。
寝返りしているのかと思うくらい、いつも右を向いて寝ていた。
MPA装置により、私の場合は後退した下顎が前に移動した。
それでも低いままの枕で寝ていた。

治療をはじめてまもなく、NHKの「ためしてガッテン」という番組で枕についての放送を見た。
http://www.nhk.or.jp/gatten/archive/2008q1/20080206.html

その放送で右を向いて、私と同じ格好で寝ている人を発見した。
何が同じなのかと言えば、横向きになって顎に手を当てて寝ている。

「この方は枕が低いですね」

o(゚◇゚o)ホエ? 低い? 

「低いから顎に手を当てているんです」

( ̄▽ ̄;)!!ガーン 今まで低くすることだけを考えていた・・・・
しかも、寝ながらにして頬杖をついているではないか。
最悪だ!!

それから枕にバスタオルを重ねて高くした。
うーん、なかなか良い。でも朝首は回らない。

暫くして枕を変えてみた。
真ん中が少しへこんでいる。
今時の枕はこの形が多いみたい。
うーん、なかなか良い。でも朝首は回らない。

さらにその枕に厚いバスタオル重ねて高くした。
うーん、なかなか良い。でも朝首は回らない。

そして2日前、枕の下に薄いサブトンをひいて、かなり高くしてみた。
寝づらいが、頚椎の角度が変わり、上下の前歯が当たるようになった。
うーん、なかなか良い。

暫くこれで様子を見ることにしよう。
人間の寝ているときの格好は、単純なようで、不定愁訴の人には大きな問題かもしれない。
枕の高さを変えてみるのも、一つの手段だろう。

44マグナムのポールさん

03/20
NHK教育テレビ「福祉ネットワーク」 もっと歌いたいぜ -パーキンソン病と闘うロック歌手- を見た。
おおぉぉぉ w(*・o・*)w 44マグナムのボーカル、ポールさんだぁ。
ポールさんがパーキンソン病だってことは知っていたけど、最近のお姿を見たことはなかった。
今も歌い続けているんだね。
音楽には力があると思う。

パーキンソン病って、激しい痛みがあって大量の薬を飲むんだね。
患者の顎の位置はどうなんだろう?
私はMPA装置がずれると全身痛くなるのね。
だからリウマチ系の病気には、丸山咬合療法は効果があるんじゃないかと密かに考えている。
パーキンソン病はリウマチ系ではないみたいだけど、効果はないだろうか?
私は何かしらの効果があると思うんだけど・・・
なにせ一患者なので思うだけ。

うちの母もサルコイドーシスっていう難病なんで、私もいろんな治療を調べたりしている。
糖尿病なのでステロイドも使えないし、それで行き着いたところがこの丸山咬合療法。
難病そのものは治らなくても、身体に免疫力はつくと思うんだけど・・・
まず、おまえが治せって感じだね。(^^;

パニック障害

03/18
(ノ_-;)ハア… 今日は血管切れるかと思ったくらい辛かったな。
叫びちらしたいような衝動にかられる。
これで精神科に行ったらパニック障害なんて病名がつくのかも?

丸山咬合療法で治療している私は、「あっ、また装置がずれちゃったよ」と気が付く。
首がバンバンに張っているんだから、まずこの筋肉のコリを取らないと。
合っているMPAは一瞬でコリを取る。
うそ臭いけど、本当に一瞬で身体が変わるのよ。
でもそれが維持できないのが、この治療の難しいところ。
一瞬で良くなって、一瞬で悪くなるのがMPA装置の特徴だと思う。

パニック障害の患者は筋肉が緊張していないだろうか?
筋肉の緊張が取れれば、症状は絶対良くなると思うんだけど。

元気になった

03/11
昨日、寝込んでしまった母は、くまごろう先生に調整してもらい、また元気になって帰ってきた。
目がイキイキしている。
入れ歯のお話もしたが、実は母は膝の手術をすることになった。
そのことを先生に伝えると、膝の手術をすると、歩き方で噛み合わせが変わってしまう可能性があるので、歯のことは手術後に考えることになった。
入れ歯も大分見てくれたようだ。

私:「今日はいくらかかったの?」

母:「110円」

あー、くまごろう先生全然儲かってません。
こんな良心的な先生だから、自費の治療も考えてみようかと思える。

今日はNHKで自殺とうつ病について放送されていた。
廃人一家にとっては他人事ではない。
不況うつっていうのは難しい。
どこに相談したって、一時しのぎにしかならないもの。

老人性のうつ病は家族のサポートが大事って言ってたけど、身体が不自由になるのはもう歳なんだからどうにもならないって思ってしまう。
私も母がくまごろう先生の治療を受けなければ、そういう風に諦めていたなー。

今日、リンクさせていただいたHPがある。
不定愁訴に苦しんだ20年
http://www.geocities.jp/abedra820/index.html

BBSにリンクさせてくださいと書いたけど、お返事はないと思う。
管理人さんはもう亡くなっているの。
こちらのHPでは丸山先生のお名前も出てくるけど、治療されたのは別のマウスピース。
咬合治療の難しさを実感させられる。

入れ歯の違い

03/10
母の体調は良くなったり、悪くなったりを繰り返し、今日は寝込んでしまった。
明日、急遽くまごろう先生に診て頂く事になった。
やっぱり保険の入れ歯じゃ無理があるみたい。

保険と保険外の入れ歯のちがいなんて素人は分からないから、とりあえず保険で作りますっていうことになる。
だいたい保険外の入れ歯なんて勧められたら、それだけで怪しく見えちゃう。
それくらい素人には違いがわかりにくい。
本当は噛める入れ歯ってすごい大事なことなのにね。
健康番組のテレビはいっぱい増えたけど、まだまだ歯科の情報って少ない。
保険診療との違いについて、分かりやすく解説してくれる放送があるといいな。
技工士さんのHPを見たら、一番高い総入れ歯は300万円もするんですって!!
いやー、いかに自分の歯を大切にするかって考えなきゃね。

私は毎日、噛み合わせと全身のバランスについて考える悩める患者なんだけど、昨日テレビで見た大家族のお母さんは決して良い歯並びとは言えないし(歯がなかったかも)、良い噛み合わせには見えないけど、健康なのよねー。
だから14人も出産出来るんだわ。
しかも考え方が超ポジティブ。
羨ましいわー。

ネフローゼ症候群その4

03/09
近頃の10代は「リアル」っていう、リアルタイムに一言感想ブログみたいなものが流行っているんですってね。
ブログを見て心配してメールをくれた方がいましたが、ネフローゼ症候群で入院したのは20年も前のお話です。
現在はネフローゼの症状はありません。
分かりにくくて申し訳ありません。
私も早くブログが追いついて、リアルタイムで書きたいものです。
では入院生活の続きです。

内科の病棟に移動した私は度肝を抜かれた。
そこは8人部屋だった。
まるで合宿所だ。
しかも外科と違って、何だか皆元気に見える。
当時は今と医療体制が違がっていて、長く入院することが出来た。
その部屋に住んでいるような人もいた。
こんなところから早く出たい。

ステロイドの効果は絶大で、小さいときから虚弱体質だった私はウソのように元気になった。
頭も冴えている。
世の中の人はこんなに疲れないんだぁ。

私:「もう元気になったので退院したいんですけど」

内科医師:「無理です。貴方は薬が効いているだけなんですよ!」

そんな会話を何度もした。
同じ部屋に膠原病の患者さんで愛子さんが入院してきた。
私と同じオレンジの薬を飲んでいた。
病気が違うのに同じ薬?

私:「私と同じ薬ですね」

愛子さん:「えー、プレドニン飲んでるの?何ミリ飲んでるの?」

私:「一日8個です」

愛子さん:「40mgも飲んでのー、貴方重症よ!」

私:???

小さなオレンジ色の薬、プレドニンは一粒が5mg、本当に小さな見かけ可愛い薬だった。
実はこの薬が悪魔の薬とは・・・

看護師の友達、みきちゃんが見舞いに来てくれた。

私:「なんでネフローゼと膠原病の薬が同じなの?」

みきちゃん:「困ったときのプレドニンなのさ。他の病気でも使うよ。」

私は愛子さんとみきちゃんからプレドニンという薬の説明を聞いた。
結局、医師からの説明は何もなかった。

プレドニンは劇的に効いた。量も順調に減った。
そろそろ入院して1か月になる。
もう会社に復帰しなければまずい。

私:「もう退院します」

内科医師:「無理です」

私:「でも、もう1か月経ちます。会社に行かないと」

内科医:「じゃあ、病院から通勤して下さい」

Σ(゚д゚;) ヌオォ!?意外な答えが返ってきた。
私はその後病院から2か月間通勤することになる。

ネフローゼ症候群その3

03/08
入院の朝、もう目は完全に潰れていた。
アンパンマンが戦いに敗れた時みたいな顔になっていた。
東病院で入院の手続きをするも、目が潰れてしまっているので、指で目を開く。
文字が見えた。眼球には問題はない。
ベッドの空きが内科に無いので、外科の病室に入院することになった。
4人部屋で静かな部屋だった。

看護師:「トイレ以外は安静にしていて下さい。水も飲まないで下さい。」

横向きになって寝ると、顔は変形した。
歪なアンパンマンになった。
ジャムおじさんはいない。
これじゃあ廃人に見えるよなぁ。
いちお死ぬ用意はしてきたけど・・・

でも死ぬ気が全然しない。
こんな酷い姿で寝たきりでも私の脳は活発に動いていた。

薬物治療はすぐに始まった。
小さなオレンジ色のお薬を1日8個飲む。
これがステロイドのプレドニンだが、まったく副作用等の薬の説明はなかった。
点滴は利尿剤とタンパク質だった。

利尿剤の効果はすぐに出た。
尿として体から水分が出る。
出る、出る、出る、出る・・・・・透明な水がじゃんじゃん出る。

1週間で7kg体重が減った。
目も二重に戻った。
太ったと思ったのも、足が大きくなったのも、お腹が痛くなったのも、すべて水が溜まっていたから。
腹水が溜まっても病気と気が付かないなんて、なんて無知だったんだろう。

看護師:「本当はどんな顔なんだろうって話してたんですよ。やっぱり二重だったんですねー」

私:「(^^; やっと元に戻りました」

私の廃人に見える生活は1週間で終わった。

なーんて、世の中甘くない。
内科の病棟に移動した私は、この後の長い闘病生活を想像することすら出来なかった。

ネフローゼ症候群その2

03/07
ネフローゼを発病したのは、年号が昭和から平成へと変わった頃。
私はそれから4年間、ステロイドを飲むことになった。
私が飲んだのは当時プレドニンという薬だが、今はもっと違う薬も出てきていると思う。

ネフローゼ症候群と分かるまでは、私は無謀で無知だった。
どんどん体重が増えるのを気にして、運動していた。
やがて靴が履けなくなった。
足が大きくなったんだと思った。
いつもお腹がどんより痛い。
すぐに座りたいと思う。
朝も起きられない。
ぱっちりだった目は一重になっていた。
全然気合が入らない。
そんな自分が大嫌いだった。
私はきっと怠け病だ。
自分で自分を責めた。

そんな事が3、4か月も続いたある日、朝方お腹に激痛が走った。
その痛さといったら、尋常ではない。
朝一で大学病院の内科を受診した。

医師:「ネフローゼですね。すぐに入院して下さい。大学病院はベッドが空いていないので、南病院と西病院と東病院ではどこがいいですか?」

はぁ~?!

私:「すぐ入院って言われましても、仕事もありますし・・・」

医師:「この病気はほおって置くと死ぬ病気なんですよ」

看護師:「立っているのも辛いでしょう」

うんうん、確かに立っているのも辛い。
私は医者から死という言葉を聞いたことのショックよりも辛い原因がわかったことが嬉しかった。

私って病気だったんだー!!ヾ(@^▽^@)ノ ワーイ

私は怠け病ではない。
私はネフローゼ症候群という病気だったんだー。

入院期間は1か月の予定だった。
やはりすぐには入院できない。
受診の日から1週間後に東病院に入院することになった
会社ではやれることをすべてやり、部屋を片付ける。
入院の準備をする。洗濯する。
最悪この部屋には生きて帰って来れないかもしれないと思うほど、日に日に顔も頭も変型していった。
入院の前日、風呂でシャンプーしたら、頭に指がズボズボ埋まった。
まるで北斗の剣みたいだった。

ネフローゼ症候群その1

03/05
大きな病気はしたことないですか?
新患で病院に行くと必ず聞かる。
私は問診表に書かなければなれない病気が2つある。
その1つが「ネフローゼ症候群」
簡単に説明すると、腎臓の病気で、尿にタンパクが出る。
全身が浮腫み、悪化すると腎不全になってしまう。
そうすると透析が必要だし、最悪は死に至る。

そのネフローゼと丸山咬合療法と何の関係があるのかというと、私はネフローゼの治療と丸山咬合療法は良く似ていると思うのだ。
ネフローゼの治療といえば、医療関係者ならよくご存知のお薬「プレドニン」を使う。
プレドニンはステロイドだ。

副作用のオンパレードのプレドニンと、副作用のない丸山咬合療法が、どこが似てるんだよーと疑問の声が上がるのも当然だが、似ている!!
どこがどう似ているのかこれから少しづつ書いていこうと思う。

まず、治療を始める前の状態が私の場合はそっくりだった。
なんだか分からないけど、とにかく具合悪い~!!
ほら、そっくり。(^^)って、誰もわかんないって~。

くまごろう先生との再会

03/02
くまごろう先生と私は、小学校1、2年生の時のお友達。
中学校1年生の時に再会した。
次に再会したのは、その10年後である。
私とくまごろう先生、ピッチビッチの女子大生の再会だった。(私はすでにOL)

私の従兄弟に歯科医がいる。
彼は今でこそ大学病院の准教授というりっぱな肩書きの持ち主だが、当時(昭和の終わり頃)はくまごろう先生が通っていた大学の講師だったと思う。

この従兄弟のことを親戚の子供達が「ゴリラおじさん」と呼んでいたので、ゴリラ先生としておこう。ばれたら怒られるな。

あんまりよく覚えていないが、たぶん私はこのゴリラ先生に治療をしてもらうために大学病院まで行ったと思う。
治療の記憶がないが、時は夕方、ゴリラ先生が言った。

ゴリラ先生:「研究室にくまごろうさんがいるよ。会っていかない?」

私:「おおぉぉぉ w(*・o・*)w くまごろうちゃんに会えるのー」

高校時代は偏差値の違いを感じ会うことはなかったが、ここまで来たら偏差値などどうでもいい。
小さな部屋のソファーに座って待っていると、くまごろうちゃんがニコニコ笑って入ってきた。

くまごろう先生:「くうにゃん!!」

私:「くまごろうちゃん!! わー、久しぶりー元気ー?」

私達はまたすぐお喋りな女の子に戻った。
大学生のくまごろうちゃんは見るからに元気そうだった。
この頃の私は虚弱体質には変わりなかったが、無理をしなければ、十分仕事も勉強も遊びも出来た。
廃人になるなど考えられない、一番元気な頃だったと思う。

この時の時間は短かったが、私の記憶に鮮明に残った。
くまごろうちゃんはりっぱな歯科医さんになるんだろうと確信した。
もちろんこのときは自分が将来、不定愁訴の患者としてお世話になるなど、思いも寄らなかった。

高校生の頃の体調

03/01
体力のない私は受験勉強せず、とりあえず入れる通学の便利な高校に進学した。
その高校のすぐ近くには進学校があった。
くまごろう先生は予想通り、その高校に進学した。
私達は3年間同じ駅を使っていたと思う。
入学した頃は、くまごろうちゃんと会わないかなと、駅でキョロキョロ探したものだが、ついに3年間お会いすることはなかった。
高校の時も年賀状はやり取りしていたので、会おうと思えばいつでも会えたのだけど・・・
偏差値が違いすぎて、何を話していいのか分からず。

さて、高校生の頃の体調と言えば、とにかく弱い。
通学に便利な場所ではあるが、低血圧で朝が辛い。
友達もそれなりに出来たが、身体が辛くて、どうも皆の中に入っていけない。
1年生の時は毎日中退することを考えた。

2年生になると大分体力もついてきた。
学校生活も楽しくなってきたが、友達との体力の差は遊びの中でもはっきり出た。
私は夜遊びが苦痛だった。
友達と長い時間過ごすのは楽しいが、私の体力の消耗は激しかった。
朝方までなんか遊んでいると、次の日は起きられない。
10代の娘達は寝ないでも平気でまた遊んでいられるようだった。
私は明らかに弱かった。

ここで書きたいのは夜遊びの話ではなくて、子供の登校拒否の問題。
私は友達に恵まれてきたと思う。
なので登校拒否になることは無かったが、病気じゃないけど、具合が悪くて人間関係がうまく行かなければ、子供だって登校拒否になってしまうことは十分考えられる。
大人も同じだね。

まず身体のバランスを整えること。
それが一番大事なことだと思う。
私は今は丸山咬合療法でバランスが整えられるんじゃないかと思って、治療を続けている。

問題はそんな医者(歯科医)に出会えるか、医者は諦めない、患者も諦めない。
諦めないのは、何より信頼関係が必要だね。
もっと患者の話を聞く時間があればいいと思うけど、それはなかなか難しいかー。
だからカウンセラーの仕事が重要なんでしょうね。
プロフィール

くうにゃん

Author:くうにゃん
大学病院で外科矯正しました。綺麗な歯並び、しっかりした噛み合わせ。でも、ブラケットを外したその日から具合が悪くなりました。
2008年より丸山咬合療法および動的平衡対応・咬合医療、そして様々な代替療法で完治を目指しています。

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