Archive | 2009年05月

スポンサーサイト

--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

顎の手術レポート その1

05/29
顎の手術に関しては、2003年当時書いたレポートが残っている。
手術前は不安で沢山の人の体験談を読んだ。
自分も手術したら、励ましてくれた皆に報告しようと思って書いたものだ。
以下は2003年に書いた手術レポート。

今から2年前の2001年、出っ歯な私は外科矯正することを決意しました。
しかし、いざ大学病院で精密検査をしてみると、矯正科の先生は「手術なんて必要ないです」と言い、口腔外科の先生は「切りましょ、切りましょう」と言い、私はどちらにするか選択を迫られ、外科矯正の道を選びました。
それから、治療が思うように進まなかったり、予定していた手術が延びたり・・・
そして2003年1月、4月に手術ができることを告げられたのです。
矯正前は下顎だけの手術と言うことでしたが、手術間近になって、上顎もする方向で、自己血400mlをとりました。
結局、手術1週間前の教授診断で下顎のみの手術に決定しました。
それも、オトガイ形成術と2回に分けて! Σ( ̄□ ̄|||)!

■手術名  下顎枝矢状分割術 私は下顎を5mm前に出す手術です。

■入院期間  25日間
入院 2003年3月28日 入院は手術日の平日2日前と言うことで、土、日にぶつかってしまった為、4日前の入院なってしまいました。
手術 2003年4月1日  退院 2003年4月21日

■手術当日
11:00  手術着に着替え、点滴をする。
手術着は肩や腕のところがマジックテープになっていて、下半身は普通にパンツをはいて、ロングの巻きスカート状になっていました。

11:30   睡眠薬を飲む。

12:30  頭に帽子をかぶり、テープで止める。
熱を測ると、なんと37.6度もあり、看護婦さんが「風邪の症状はないですかー」と慌てて飛んできました。
風邪の症状はないものの、私もかなり焦りました。

13:00  手術室に運ばれる。
これは何事?!というくらい沢山人がいました。
手術に入った時には、まだ意識はしっかりあって、自分で手術台に移動しました。
手術台に寝ると、足もとから熱風が出てきていて感動しました。
酸素マスクを2回吸ったところで、意識はなくなりました。

16:20   手術室から出てくる。

16:30  母親の「お姉ちゃん」と呼ぶ声で、目が覚めました。
自分で顔を触ってみたら、酸素マスクはしていましたが、チューブらしきものは1本も出ていませんでした。
口は5mmくらい開いたままの状態でした。

17:30  熱が37.8度 座薬をさす。
看護婦さんに「おてづだいさせていただきます」と言われ、さしてもらいました。

18:30 酸素マスクが外され、看護婦さんに「起きてみましょうか」と言われ、ベットごと起こしてみる。
ずごいタンが絡んで、ゲホゲホ状態でしたが、すでに枕元には、吸引機が用意されてあって、使い方を教えてもらって、いつでも自分で使える状態でした。
この吸引機があるとないのとでは、辛さは大違いでした。
尿道カテーテルをはずす。
ベットに座った状態で、手術着の巻きスカート、パンツを穿いたまま、スルスルスポッと抜けました。
痛みはなかったです。
パンツを穿いた状態で、こんなに早く抜いてくれるとは思わなかったので感動でした。
その後、パジャマに着替えてトイレに行ってみたのですが、尿は一滴も出なかったです。
     
夜、担当の先生が部屋に来て、手術自体の時間は2時間15分で、とても順調だったこと、出血が150mlで、元々採ってあった、自己血400mlを体に戻したことを教えて下さいました。

手術前何度も検査をして、手術の前の日に下顎を5mm前に出し、右を3mm出し、左を2mm下げる、そんな説明を聞いたのですが、全身麻酔がかかった顎の筋肉もダランとしたところで、最終的には下顎を5mm前に出し、右を5mm出し、左も3mm出したそうです。
本当にどのようにするのかは、全身麻酔がかかってからわかるということに驚きました。

■ゴム固定
ワイヤーでの顎間固定は数年前からやっていないそうで、手術の翌日の夜に前もって付けていたフックにゴムを4本かけました。
このゴム掛けの時に、私は初めて自分の手術をした執刀医の先生と、意識のある中でお会いしました。
それまで、口が開いたままだったので、ゴム掛けをして口が閉じで安心しました。
ゴムは食事のたびに、自分でかけたり、はずしたり、結構忙しいです。
8日後ゴムは3本に減り、かなり喋りやすくなりました。

■食事
手術の翌日から、普通におもゆの朝食がでました。
食事は4段階に分かれていて、ミキサー食→ペースト食→軟菜食→普通食というように変わっていきました。 
だいたい、軟菜食に慣れたころ退院という感じでした。
食事はお部屋でも、食堂でも食べることが出来たので、術前と術後2週間目からは食堂で食べていました。
 
■抜糸
術後7日目に抜糸をしたのですが、痛くて全部抜けず、翌日塗る麻酔を使って、2日に分けて抜糸しました。

■腫れ、麻痺、痺れ
術後初めて鏡を見た時は、そこには「まんぷくふとる君」がいました。
2日目は幼少のころの「おしんちゃん」、3日目は目もつぶれてしまうくらい腫れました。
首の腫れは、1日目、2日目が辛かったです。
5日目からは階段を下るように、段々楽になっていきました。
私の腫れは下顎だけの割には、両目の上まで紫色になって、執刀医の先生にまで「上顎も切った人みたいだね」と言われました。
しかし、腫れが引いて来ると、ちょうどうまくアイシャドーをつけているような感じになりました。
手術前の説明で、麻痺は特に左側に残るでしょうというお話でしたが、左側にはまったく麻痺は 残りませんでした。
むしろ、右の下に麻痺が残っていますが、あまり気になりません。
一番気になるのは、2年前に親知らずを抜いた時の痺れが右側下唇に未だに残っていることです。
私の右下の親知らず、全然抜けなくて、3回切って合計8時間もかかっているんです。
その時のほうが、今回の手術よりもはるかに辛かったです。

■料金
3月分 総医療費  96,400円  自己負担額  28,920円
4月分 総医療費 830,310円 自己負担額 249,070円

ついに100万近い顎になってしまいました。
なぜこんなに高いかと申しますと、入院費が1泊17,390円(入院日~14日以内)なんですよ。
しかし、自己負担額の内、4月分は高額療養費の対象になるので、私の場合は20万円くらい戻ってきます。
結局8万円くらいの支払いで済みそうです。
後、手術日が2日遅ければ、5万円以内で済んだかと思うと、健康保険法を知り尽くしていただけに、ちょっと残念です。
加入していた生命保険も、手術給付金、入院給付金とも対象になりました。

■感想
ここ1.2年で顎変形症の手術の技術はとても進歩したそうで、想像していたよりも、自分はかなり楽だったと思います。
術後4日目に部屋を移動したのですが、その部屋には私より1日早く、下顎を7mmさげた手術をした方がいて、たまたま矯正科の先生も同じで、いろんなお話が出来たし、外出や外泊も出来たので、3週間はあまり長く感じませんでした。
手術前はこの手術が終われば、矯正もほとんど終わるような気がしていましたが、実際この先はまだまだ長いですし、術後のリハビリも大変です。
今回の手術では、先生もおっしゃっていた通り、見た目はほとんど変わりませんでしたが、横顔の笑った顔はもう出っ歯ではありません。
私の場合、顔が変わるのは2回目の手術の時だそうです。
次回、半年後の除去手術とオトガイ形成へとレポは続きます。
スポンサーサイト

麻酔科で検査

05/28
顎の手術は全身麻酔で行われるため、大学病院の麻酔科で検査をした。
心電図、レントゲン、尿検査、血液検査など、顎の検査だけではなく、全身の検査だ。
血液検査では、エイズや梅毒の検査も行うという。

私はいつも具合が悪い。
矯正を始めたときは、歯の痛みと歯が4本抜けた姿と首が動かなくなったりと、気持ちが滅入ってしまったが、手術間近のこの頃は、歯の痛みもそれほどなくなったし、歯の隙間も埋まり、友達とも外で食事できるようになっていた。
それでも何だか具合が悪い。
麻酔科の検査で何か分かるかもしれない。
検査結果で何か出ることを期待した。

麻酔先生:「貧血ですね。でも、これくらいの貧血の女の人はいますよ。鉄分の薬を出しましょう」

私:「先生、私いつも具合が悪いんです。何か他にないでしょうか?」

麻酔先生:「いっぱい食べられますか?」

私:「食も細いです。すぐお腹を壊してしまいます」

麻酔先生:「食べない人は元気ないですよ。もっと食べて太っても大丈夫ですよ」

私:「太ったら洋服が着られなくなるじゃないですかー?!」

麻酔先生:「洋服ですか、そこまでは・・・」

結局、私が期待したような原因は分からなかった。
何故、いつも具合が悪いんだろう?
原因は分からなかったが、十分手術に耐えられる身体だということがわかってよかった。

麻酔科では、手術のときに輸血する自分の血を前もって、200mlずつ2回にわけて採った。
貧血であっても他人の血を輸血するより、ずっと安全なのだ。
そして手術の日がやってきた。

歯型の採り直し その2

05/26
もう二度と来ることはないと思っていた、補綴科を尋ねた。
迎えに来た、白衣の女性の後をついて行く。
あっ、この人が電話してきた人だ。
どうもこの女性が歯型を採るらしい。
あー、女医さんだー。(やっと気づく)

補綴科の歯型はすごい力がいるんだぞ!!

女医:「外します」

こんなお姉ちゃんが外せるんだろうか?
身体に力が入る。

ところが、ぺらっ~ とあっけなく外れた。

!?工エエェ(゚〇゚ ;)ェエエ工!?
何も苦しくないし、一瞬のことだった。
これは失敗じゃないのか?

私:「あの、もう終わりですか?」

女医:「はい、終わりです」

私:「あの、今ので歯型は採れたのですか?」

女医:「採れました」

!?工エエェ(゚〇゚ ;)ェエエ工!?
補綴科の歯型採りは、皆苦しいんじゃないの・・・?

これで採れたってことは、あのお兄ちゃん先生が ドベタ だってことじゃない!!!
危なく騙されるところだった。Σ(▼□▼メ)

それにしてもこの女医さんの歯型採りはすばらしかった。
こんなに簡単に採れるなら、麻酔科で自己血も採れた。
「貴女、歯型採ったら日本一よー」と絶賛したい気分だった。
私は女医さんに深々と頭を下げて、補綴科を後にした。

あれから6年、補綴科のお兄ちゃん先生は、上手に採れる様になっているだろうか?
というか、歯科医には向かないと思うけど・・・

歯型の採り直し その1

05/25
大学病院の補綴科から、歯型を取り直すと電話がかかってきた。
もう行くことはないと思ったのに・・・

言いたいことはいっぱいあるが、所詮手術を控えた患者は言うとおりにするしかない。
それに歯型を採ったのは、お兄ちゃん先生で、電話をかけてきたこの女性に言っても仕方がない。

補綴科:「麻酔科に来る時でいいですよ」

麻酔科では手術の時に輸血するための自己血400mlを採る。
自分の血を前もって採っておいて、手術の時、その血を戻すわけ。
とてもあの壮絶な歯型を採ってから、血を採ろうとは思わない。

私:「そんなことはとても出来ないので、別な日にしてください。」

補綴科:「そうですか・・」

私:「はい、では○日に伺います」

憂鬱な気分で、大学病院の補綴科を尋ねた。
受付に来たのは、何とも可愛らしい白衣を来たお姉ちゃんだった。

手術前の歯型採りで酷い目に

05/23
私は歯型を採ると、すぐに「ゲッ」となってしまう。
大の苦手である。

矯正科でワイヤーを外した。

矯正先生:「補綴科で歯型を採ってきて下さい」

顎の手術のための歯型は補綴科で採る。
見るからに研修医の様なお兄ちゃん歯科医が、私を迎えた。
私はこれから起こりうる恐ろしいことなど、想像も出来なかった。

補綴先生:「まず下から採ります」

うーん、要領は矯正科と同じだが、ねりねりの成分が違うのか、これは苦しい。

補綴先生:「外しまーす」

は、外れない!Σ(T□T)
かなり強引に引っ張る。
暫し格闘して、やっと外れた。
この時点で汗のかかない私が、汗だくになった。

補綴先生:「上はもっと大変ですから」

( ̄□ ̄;)!!

補綴先生:「外しまーす」

は、外れない!Σ(T□T)
かなり強引に引っ張る。
暫し格闘して・・・外れない!!
全然外れない。
時間が経つとますますヤバイだろう。
もう一人、似たようなお兄ちゃん歯科医がやってきて引っ張る。
全然外れない。
二人がかりで引っ張る。
もう、何をされているかわからない。

外れた・・・上の歯がマジで全部抜けるかと思った。
暫く、診察台の上で放心状態になった。

私:「皆さん、こんなに大変なんでしょうか?」

補綴先生:「泣いちゃう人もいるんですよ。差し歯が抜けてしまうこともあります」

そんなに皆が皆大変なんだろうか???
うちの母も入れ歯だが、そんな話は聞いたことがない。

私はフラフラ状態で、矯正科に戻ってきた。

私:「まるで強姦されているみたいでした・・」

矯正先生:「なんて表現するのー(;^_^A アセアセ・・・」

補綴科の歯型採りがこんなに辛いものだとは知らなかった。
時間にすると数分だが、この辛さは抜けない親知らずを無理やり引っ張ったのに匹敵するくらいのものだった。
いや、それ以上だ。
これが3時間続いたら死ぬ。
今後、差し歯も入れ歯も、まっぴらごめんだ。
矯正ではもう補綴科とは係わることはないだろう。

数日後、大学病院の補綴科から電話がかかってきた。
衛生士だろうか?女性の声だった。

補綴科:「先日採った上の歯型がダメだったので、もう一度採りに来てください」

あ゛~o( ̄▽ ̄メ )。
ざけんなよー!!

術前矯正の終わりに

05/19
歯列矯正は私にとって、想像以上に心身共に辛いものだった。
体調はいつも悪いし、矯正の痛みでメンタル面も弱くなる。
矯正うつというのがあるらしい。

それでも私は歯自体と歯茎はいたって健康で、矯正開始から半年も過ぎると歯は順調に動いていった。
それから1年も経つと、抜歯した小臼歯の隙間が埋まった。
2003年になってようやく手術が出来ると矯正の担当医から聞いた。

私は顎変形症と診断され、外科矯正を選んだので、矯正にも健康保険が摘要されるが、顎の手術を受けなければならい。
手術の後は、また歯列矯正が続く。
手術の前までは術前矯正、手術の後は術後矯正という。
その術前矯正が終わろうとしている。

手術の前にやることがある。
手術は全身麻酔で行われるため、麻酔科で検査をする。
この検査で私の具合の悪い原因がわかるかもしれない。

もう一つ、歯型は矯正科で何度も採ったが、手術のときはより精密な歯型を採る為に、補綴科で採るという。
私はこの補綴科の歯型採りで、外科矯正生活最悪な酷い目にあった。

首が動かない その3

05/16
2001年、歯列矯正を始めて首がまったく動かなくなった。
脳神経外科で首のMRIを撮ったが異常がない。
1週間痛み止めを飲んで、やっと首が動くようになった。
このことは大学病院の矯正科の担当医にも話をした。

私:「というわけで、首が動かなくなったんです」

私の話を一通り聞いた矯正科の担当医は信じられない言葉を発した。

矯正先生:「矯正するの止めますか?」

(  ゚ ▽ ゚ ;)エッ!!

!?工エエェ(゚〇゚ ;)ェエエ工!?

止めるわけないだろう!!
この時点で止めたら、私は親知らず抜歯で死ぬ思いして、小臼歯4本を失っただけの人になってしまう。
しかも出っ歯のまま、抜いた隙間は埋まっていない。

私:「いえ、もう首は動くようになりましたから」

歯列矯正は続けることになった。
この時点で止めていたら、この数年後、廃人になることはなかったかもしれないけど・・・
小臼歯4本抜歯した時から、もう後には引けないって思っていたからね。

早くもリハビリ

05/13
昨日、膝の手術をした母だが、今日から早くもリハビリが始まったという。
今日はマッサージと立つ練習。
トイレは車椅子で行くが、ベッドにつかまって立つことは出来た。
食欲もあるようで、晩御飯の後、歯磨きを済ませ、MPAをするのかと思いきや、ポテトチップを食べていた。

母:「あら、ビスケットかと思って買ったのに」

と、トンチンカンなことを言っていたが、まあ元気で何より。

もちろん、お菓子を食べた後はMPAをしていた。
身体に力も入るようだ。
なかなか順調である。
本当に手術前に調整してもらってよかった。

膝の手術

05/12
昨日、母が膝の手術のため入院した。
そして今日は早速、「半月板切除術」という手術が行われた。
全身麻酔で、病室を出てから戻ってくるまで、約1時間だったという。
仕事の帰りに病院に行くと、母はまだ酸素マスクをしていたが、もう意識はしっかりしていた。

手術は関節鏡を使うため、ダメージも少ないという。
昔とちがって、いつまでも寝かされることはないらしい。
医学は本当に進んでいるね。

先週、母がめまいがするというので、、私の予約日にくまごろう先生にお願いして、母も診ていただいた。
入れ歯を調整すると、母はとても元気になった。
手術の後も、MPA装置をした方が治りが早いと言われた。
手術前に調整していただいて本当によかった!!

問題は私の方・・・
MPAが頻繁にずれてしまう。
また、くまごろう先生とよく相談して、治療を続けたいと思う。

首が動かない その2

05/11
脳神経外科で首のMRIを撮った。
検査の結果・・・

医師:「うーん、異常はありません」

( ̄□ ̄;)!!この状況からして何でもないことはないだろう。

私:「でも、まったく首が動かないんです。横になって寝ることも出来ません」

医師:「うーん」

私:「何とかならないでしょうか?」

医師:「うーん、これ着けてみる? でもこれ自体ストレスなんだよなぁ」

医師が手に持ったのは、ムチ打ちなどの時に首に巻くものだった。

医師:「やっぱりやめた方がいいなぁ。とりあえず痛み止め飲んで、様子見よう」

∑(゚□゚;)ガーン(。□。;)ガーン(;゚□゚)ガーン!! わざわざ脳神経外科でMRI撮ったのに・・・・何でもないと言われても・・・

その日はまだまだ激しい痛みがあって、横になれない。
映画「エレファントマン」を思い出した。
確か横になって眠れないと言っていたはず。
横になると死んでしまうと。
エレファントマンはテレビで放送したとき、最初のほうだけ見たが、可哀想で途中から見るのをやめた。だからあまり記憶が定かではない。

首が動くようになったのは、それから1週間が経ってからだった。
首が動かないってなんて、恐ろしいことなんだろう。
経験してこの辛さが始めてわかった。
首が動かない1週間は、このままの状態であれば、死んだ方がマシだと思った。
生まれて初めて、「死んだ方がマシ」って思ったんだよ。

それにしても、何故こんな状態になったのだろう。
歯列矯正が関係しているのではないだろうか?

首が動かない その1

05/06
歯列矯正のことを書くと、歯列矯正ブログになったしまうので、トットとポイントだけ書いていこうと思う。
歯列矯正は覚悟していたが、思っていた以上に辛いものだった。
3か月くらいは、口を殴られたような熱と痛みが続き、しかも一向に歯は動かない。
歯と歯の間に隙間が出来てきたのは、4か月目に入ってからだった。

そんな矯正をして間もないある日、お風呂に入って湯船に浸かっていると左に首が回らない。
まるで寝違えたような感じだが、私は起きている。
しかも湯船に浸かっているのだから、身体は温まっている。
左に首が回らないまま、ベッドに入った。

夜中、背中の激痛で目が覚めた。
起き上がろうとするが、起き上がれない。
手は動く、足も動く。
背中は激痛だ。
何とか起き上がってベッドに座った。
起き上がると背中の激痛はなくなった。

が、

首が動かない・・・・
左右上下に動かない。
いったい何が起こったんだ!!
救急車を呼んだほうがいいだろうか?
家族を起こすほうが先か・・・

下を向けないので、手探りで階段を降りた。
少し冷静になると、手足は動くので、明るくなってから病院に行くことにした。
身体を横にすることは出来ないので、椅子に座ったまま朝になるのを待った。

その日は土曜日だった。
綜合病院の脳神経外科行くことにした。
病院はとにかく混んでいる。
初めて来た病院なので、どこで何をしていいのかわからない。

受付で首が動かなくなったことを話すと、整形外科と言われたが、打ったわけでもないし、そもそも起きている間に首が動かなくなったのだから、脳神経外科の受診を希望した。
そこで首のMRIを撮った。
私の身体に何が起こったのだろう?

顎変形症

05/04
親知らず抜歯から暫くして、大学病院からはがきが届いた。
歯列矯正のための検査料80,000円を持って来てくださいと書かれていた。ヾ(- -;)
2001年7月5日 大学病院で検査を受けた。

この検査の結果、上の歯は左右4番、下の歯は左右5番を抜歯するという。
下の右5番の神経はすでに抜かれていた。
その他の歯の神経はすべて残っていた。
5番を抜歯することに私も納得した。

それともう一つ予想もしなかった結果が出た。
私は出っ歯で下顎が小さい。
ギリギリの数値で、「顎変形症」という病名がつくという。∑( ̄ロ ̄|||)なんと!?

口腔外科の先生は、外科矯正を勧めてきた。
「すごい美人になりますよー」と若い歯科医は言った。

矯正の先生に普通の矯正と外科矯正のちがいを聞いてみた。
顎変形症と病名が付けば、歯列矯正に健康保険が適用される。
しかし外科手術を受けなければならない。
どんな手術にもリスクはある。

仕上がりは外科矯正の方がきれいだという。
顎を切って出さなければ、歯並びが綺麗になっても、下顎そのものは小さいままだ。
矯正の期間は意外なことに外科矯正の方が早い。
今日、どちらにするか返事をしないといけないと言う。

矯正先生:「数値はギリギリです。まったく手術する必要はありません」

私:「先生、私切ります!!」

矯正先生:「どうして?これくらいなら切る必要なんかないのに。どうして、そんなに切りたがるの?」

矯正の先生は納得いかない様子だった。
外科矯正に決めた理由は先生の説明の通り、「安い、早い、綺麗」ということと、反対する人がいなかったということかな。

こうして私の外科矯正は始まった。
小臼歯4本を抜歯したのは8月、実際ブラケットが付いたのは9月に入ってからだった。

めまいの原因

05/03
NHKのテレビで、めまいについて放送されていた。
私も丸山咬合療法を受けるまでは、めまいと言っていいのか分からないが、とにかくフラフラな状態だった。

テレビに出演していたのは、耳鼻咽喉科の先生。

「めまいの原因の7割は耳です」

(□。□-) フムフム

「2割は頭です。脳が原因です」

(□。□-) フムフム

「そして1割は・・・」


。('-'。)(。'-')。ワクワク


「わかりません」


わかんないのかよー∑( ̄[] ̄;)!ホエー!!

原因は顎だろー?!顎の位置。
えっ、こんなこと考える医者っていないの?

親知らず抜歯で酷い目に その4

05/01
右下の親知らず抜歯は2度失敗に終わっている。
2001年6月、3度目に挑戦、大学病院の口腔外科を訪ねた。
検査の時は、ゴリラ先生も口腔外科の診察台のところまで来てくれた。
ゴリラ先生は普段はいたって温厚な先生なのだ。

抜歯の日は、上だけ検査着に着替えた。
呼ばれた方向へ行ってみると、なんとそこには手術台があって、沢山人が並んでいた。
あー、これは何かまちがいだ。
私の名前はとても多いのだ。きっと人違いだ。

私:「あの、親知らずを抜きに来たんですけど・・・私、くうにゃんって言います」

口腔外科先生:「はい、どうぞこちらです」

私:「えっ、でも親知らず・・・くうにゃんですけど・・・ここで間違いないですか?」

口腔外科先生:「はい、こちらです」

自分で手術台に乗った。
血圧を測ったり、点滴をして、鼻から酸素を送る。
何だか大事になっている。

口腔外科先生:「眠くなりますよ」

そう言われてまもなく、天井の蛍光灯が見えなくなった。

何だか楽しい夢をみていたような気がする。
ずっと笑っていたかもしれない。

口腔外科先生:「終わりましたよ。暫く休んで下さい」

そう言われると、病院ドラマで見たように「いち、にー、さん」の掛け声で、手術台からストレッチャーに移された。
時計を見ると、手術開始から1時間が経っていた。
術後1時間休んだ後、私はスキップして帰った。

こうして右下の親知らず抜歯は終わった。
1回目・・・3時間
2回目・・・4時間
3回目・・・1時間
だから合計8時間かかっている。

後日、口腔外科の先生から、親知らずと顎の骨が癒着していて、顎の骨を削ったと説明があった。
いくら無理やり引っ張っても抜けないわけだ・・・
1回目と2回目の計7時間はいったい何だったんだ?!

ゴリラ先生は大学病院の歯学部準教授の肩書きをもつ。
でもね、ゴリラ先生って、

放射線科の先生なのよー!! (これがオチです)

餅は餅屋
親知らずを抜くときは、口腔外科に行きましょう。
プロフィール

くうにゃん

Author:くうにゃん
大学病院で外科矯正しました。綺麗な歯並び、しっかりした噛み合わせ。でも、ブラケットを外したその日から具合が悪くなりました。
2008年より丸山咬合療法および動的平衡対応・咬合医療、そして様々な代替療法で完治を目指しています。

カレンダー
04 | 2009/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最新記事
カテゴリ
本の紹介
リンク
月別アーカイブ
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。