Archive | 2009年06月

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教授の診断

06/30
肩こりもまったくしなくなった2004年3月、口腔外科の教授が私の噛み合わせを診るために矯正科へやって来た。
この教授は、2回目のオトガイ形成術を行った教授だ。
私の噛み合わせを診た教授は矯正担当の先生にこう言った。

口腔外科教授:「さすがだね」

矯正科の先生がにっこり笑った。
私は教授のこの言葉と、矯正先生のこの笑顔を見て、私の外科矯正は成功したのだと確信した。

私の歯はがっちりとかみ合っている。
歯並びも綺麗だ。
顎のラインも美しい。

矯正先生:「次回、ブラケットを外しましょう」

その言葉をずうーと待っていた。
大学病院の矯正科は夜間診療もなければ、土日だってやっていない。
通うには犠牲にしてきたものが沢山ある。
でも歯列矯正に失敗なんて絶対許されない。
私は成功することを信じて、この大学病院で外科矯正したのだ。
2004年4月26日、ブラケットは外されることになった。
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肩こりってなんですか?

06/29
私の術後矯正は順調だった。
実際ブラケットが外されたのは、2004年の春。
その頃の私の仕事は、ひたすら氏名、住所、電話番号、生年月日などのデータをパソコンに打ち込んでいく。

私はあんまり打ち込みは得意ではない。
それに一日いっぱい、パソコンを打っているのだから、肩も首も腰もバンバンに張って辛くなるはずだ。
覚悟して始めた5ヶ月間のアルバイトだったが、これが恐ろしいくらい肩こりがしない。
どうやっても肩が凝らないのだ。

矯正を始めた頃は、何もしなくても肩がバンバンに凝った。
枕を低くしたり、時にははずして寝たりしてみた
でもいっこうにら楽にならなかった。
それが歯列矯正終了間際になると、肩こりがどういうものだったか感覚さえ思い出せない。
「肩こりって何ですか?」と聞いてみたいくらいだ。
かみ合わせが合っているって、こんなに素晴らしい凄いことなんだ。

思えば辛い3年間だった。いや顎関節症からだと4年以上だ。
本当に我ながらよく頑張ったものだ。
私は噛み合わせを変えたお蔭で、肩こりなどまったくしなくなった。
そんなことを考えると、歯列矯正は辛かったけど、やって良かったと思う。(これは2004年の感想)

肩こりはしなくなたっが、この頃は頻繁にゲりをするようになった。
何故だろう、何故私はこんなに腸が弱いのだろうか?

母の膝

06/28
私の母親は病気のデパートみたいな人で、毎日あちこち痛い。

母:「痛いから痛み止めの座薬をさすわ」

私:「今日はどこが一番痛いの?」

母:「膝」

ひ、ひざ?!

膝は手術して、やっと杖なしでも歩けるくらいになってきたと思っていたのに・・・
あまりの膝の痛みで、これから手術する予定の肩は、それほど痛みを感じないという。

母の膝を診てみると、手術した方の膝が腫れている。
母は再手術とか言い出す。
歩けなくなる前に、思い切って手術したのに、これでは逆効果ではないか。
いったい、どうなってるの?!

術後矯正

06/23
私のブログを読んでくれている人の中には、私が顎の手術をして「廃人」になったと思っている人もいるかもしれない。
そうではない。
私の術後はいたって順調だった。

あまり苦労することもなくリハビリは終了し、口は大きく開くようになった。
顎もガクガクしなくなった。
術後の歯列矯正はそんなに痛くもないし、友達とも食事に行ける様になった。
2回目のオトガイ形成術では、二重顎ではなくなったし、口も閉じやすくなり、見た目にも美しくなった。

歯列矯正中の3年間は、短期のバイトをしたり、資格をとりに学校へ通った。
その時取った資格が、医療事務(歯科)である。
なので、私は患者で素人だが、実は専門用語は結構知っている。
このブログは患者が分かりやすいように、あまり専門用語は使わないようにしているけど。

でもね、結局歯医者さんで働くことはなかったので、レセプトはすっかり忘れたわー。(^^;
大学病院で矯正している間に先生の書き込む用紙が変わって、やっとソフトが入ったんだぁーと思った。
あの仕事を手書きでやっていた医療事務の人は凄いわ。

術後のリハビリ

06/18
手術は顎を人工的に骨折させたようなものだから、口があまり開かない。
顎変形症の手術を受けてから、2週間が経ってからだと記憶している。
口を大きく開けるためのリハビリが始まった。

口腔外科先生:「口を開けて、おおぉぉぉ 、開くねー」

私は何の苦労もなく、すぐに指2本分は開いた。
顎変形症の患者さんは、受け口の人が多くて、そういう人は顎を引っ込めたせいか、なかなか開かず、かなり痛がっていた。
私は下顎だけの手術だったが、上下顎切った人は、腫れも熱も酷くて、リハビリも4週間経たないと始めないそうだ。
この話は2003年の話で、現在はどのようになっているかは不明。

リハビリはマッサージから始まったが、このマッサージが意外なものだった。
自分の親指を口の中に入れて、口の中からマッサージするのだ。
口の筋肉を使ってないと、これが驚くほど痛い。
当時はよくお風呂でマッサージしていた。

それとひたすら口を大きく開ける練習をする。
口が開かないと、術後矯正は始められない。
私のリハビリは苦労もなく、割と早く、指4本が縦に口に入るようになった。
なかなか開けられない人は、道具を使っていたけど、私はその道具が何かもわからなうちに終了した。

後、忘れてはいけないのは、鏡の前でにっこり笑う。
蛯ちゃんのように口角を上げる練習。

私の術後は順調だったのだ。
私が言う「廃人」になったのは、もっと後の話である。

丸山咬合療法を受ける前の具合の悪い頃は、いろんな病院にも行ったし、自分でもいろいろ調べた。
その中で、一つ気になることがネットで書かれていた。
某鶴○クリニックの先生なのかスタッフなのか患者なのかは不明だが、「下顎手術から2週間でのリハビリは早すぎる、だから問題が起こる。4週間経たないとリハビリはしない」と。

私が廃人になった原因は、リハビリが早すぎたから?
でも、私は特に無理して開口訓練をしたわけではない。
丸山咬合療法をはじめてから、くまごろう先生にもこのリハビリについては聞いてみた。

私:「私のリハビリは早すぎたんだろうか・・・?」

くまごろう先生:「今なんて、何の手術してもすぐにリハビリするよ」

やはり問題はなさそうだ。
現代はいろんな情報がネットが入ってくる。
それで不安になることもあるが、くまごろう先生はいつも的確に答えてくれる。

顎関節症完治

06/15
私は元々顎関節症で、顎がガクガクしてどこで噛んで良いのか分からなくなったのがきっかけで、大学病院の口腔外科を受診して、外科矯正することになった。
実際、歯列矯正を始めるころは顎のガクガクはかなり治まっていたが、完全に音がしなくなったのは、2003年4月、下顎を5mm前に出す手術の後のことである。

顎関節症の患者さんで、よく手術について聞いている人がいるが、顎関節症と顎変形症の手術はまったくちがう手術だ。
そこを分かっていないから、話がますますややっこしくなる。

私の場合は顎変形症の手術をしたことによって、顎がガクガクしなくなったのだ。
私は以前は、この手術で顎関節症は完治したという様に説明していたが、丸山咬合療法を始めてから、実は完治ではなくて症状が治まっていただけなのではないかと思うようになった。
何故、そう思うかはこれからまた、ブログに書いていこうと思う。

術後は顎はガクガクしなくなったけど、2か月間くらいはよく顎が外れたわ。
あくびとかすると、そのままで口が閉じないのね。
手でガンと下顎を押し込むと治るんだけど、今考えるとそれも良くなかったかも?

入院が決まらない

06/14
母は退院し、くまごろう先生に入れ歯の金具を治して頂いた。

がぁ~

すぐに金具は取れてしまった。(≧□≦;)アイヤー
取れた金具は見つからないので、母曰く、飲んでしまったかもとの事。

くまごろう先生のお話では、入れ歯は肩の手術の後に作った方がいいとのことで、入れ歯は暫く応急処置。
それと母は右手で杖をついているので、右側に体が傾いてしまったとのこと。
これからは左手で杖を持つよう指導された。
早く肩の手術をしなければ。

肩の先生は月に1度しか、この総合病院の整形外科には来られないので、膝の先生と入院の日取りを決めるように言われた。
整形外科で膝の先生の先生の診察日。

膝の先生:「肩の先生と相談して入院の日取りを決めてください」

( ̄◇ ̄;)エッ
肩の先生は膝の先生と決めろと言い、膝の先生は肩の先生に聞けと言う。
肩の先生は月に1度しか来ないんだから、これではいつ手術出来るのかわからない。
つまり入れ歯も作れないということ。
全然前に進まないわー。(ー。ー)フゥ

母は退院したけど

06/06
膝の手術の為、入院していた母が退院した。
膝は順調に回復しているが、前に自転車を降りようと転んだ時の脚と腰が痛いという。
手術したのも、転んで捻ったのも左足。
左足は随分細くなってしまった。
今は右手に杖を持って歩いている。

膝の手術が終わったら、母の入れ歯を作り変えるつもりだったが、入院中ある事実が発覚した。
母は右肩も痛いと言っていたので、肩のMRIを撮った。
月1回、他の病院から来られる肩と腕の専門医に診て頂いたところ、杖を持ってる右肩の腱が切れていた!!( ̄□ ̄;)!!

また入院して手術することになった。Σ(|||▽||| )
段々、サイボーグみたいになってくる・・・

それと、今回の入院中、母の入れ歯の金具が取れてしまった。
幸い入れ歯も使えるし、MPAにも影響はなかった。
くまごろう先生に相談したところ、入れ歯はとりあえず応急処置をして、肩の手術の後に作り直すことになりそうだ。

全然関係ないが、我が家のウォシュレットから水が漏れ、冷蔵庫のドアが閉まらなくなり、テレビの音声が途切れるようになった。(o ̄∇ ̄)o!!ガーン
人間も機械も年数が経てば、あちこち壊れてくるのねー。

顎の手術レポート その2

06/03
引き続き、2003年に書いた手術レポート。
自分でも、へー、そんなんだったんだぁと、驚いている。
今はこんなに詳しく思い出せないよ。

下顎手術からちょうど6か月、術後の経過は良く、矯正も順調に進んでいますが、私の顎にはまだ梅干が・・・
手術のキャンセルがあったとの事で、予定より20日ほど早く、チタンプレートの除去手術とオトガイ形成術を受けることとなりました。
手術日が変更になったことを聞いたのは、入院の10日前の事です。(- -;…

■手術名   下顎骨形成術(オトガイ形成術)、下顎プレート除去術

■入院期間  14日間入院 2003年10月1日 手術 2003年10月2日 退院 2003年10月14日

■手術前日(入院日)
急遽手術日が変更になったので、母は旅行中。(^^;
変わりに母の妹である叔母が付いてきてくれました。
16時からオトガイ形成術の最初で最後のカンファレンスがありました。
半年振りに教授登場です。
周りにはずらりと顎変形症の先生方が居られました。
今回のオトガイ形成術&除去は前回の執刀医とは違って、教授&助教授自らの執刀です。

教授:「一番気になるところは?」

私:「顎の梅干・・・」
半年前と同じ会話です。(^^)

教授:「検査の結果、オトガイは6mm~7mm上に向けて出します。」
ほえー、そんなに・・・(@゜▽゜;A

教授:「これは吸収製のスクリュー(ネジ)のギリギリ範囲なので、もし足りなければ、またチタンプレートで留めます。」
へっ?それは3回目もあるかもって言うこと?!!∑(゚◇゚;) クラ・・・

教授:「オトガイ形成により、梅干が100%なくなるとは限りません。」「顎のラインは変わりますが、それが本人が気に入るかどうかは、別な問題です。」
ここは大学病院、絶対美人になるとかは言わないわけね。

4月の下顎手術の時に5mm前に出したので、合計で11mm以上出すのか・・・・
手術の前日に聞かされるのも驚きですけど、明日のお昼には私の顎も生まれているはず。
その日は睡眠薬を飲んだのに、3時間くらいうとうとしただけです。

■手術当日
8時40分に病室の皆さんに見送られて、ストレッチャーで手術室へ。
12時55分に病室に戻ってきたそうです。
意識がかすかな中で、担当の先生が「予定通りでした」と、にっこり微笑んだのがわかりましたが、私はまたすぐに眠ってしまいました。

それから2時間後には、尿道カテーテルもはずしてもらって、歩いてトイレにも行けました。
前回の手術の後は、気分がすっきりしていたのですが、今回は出血が300mlあったそうで、貧血状態でフラフラしていました。

18時30分、スーツケースをひいて母登場!
それにしても、私のオトガイには何が使われたの~???
      
今日から歯磨きもしてもいいと言うことで、夜、洗面所でやっとの思いで、歯を磨いていると、担当の先生が来て、やっとお話が聞けました。(立ち話)

助教授:「いやー、もうギリギリだったよー」
「6mmちょっとオトガイを出したんだけど、それじゃあガタンと段がついてしまうので、除去したあたりの骨をうすく削って、オトガイに移殖して、吸収スクリュー3本で留めました。」
「今まで無理して口を閉じていたから、オトガイの筋肉がすごく堅かったけど、これからは口も閉じやすくなるからね」
とのお話。
ということは、チタンは使わなかったから、3回目はなしって事ね?!
よかった!!( ̄∀ ̄)b

■食事
手術当日の夜からペースト食(おかゆ)が出ました。退院する頃には普通食が食べられました。
 
■抜糸
術後6日目に抜糸をしたのですが、オトガイの糸は3層構造になっているらしく、塗る麻酔を使ってもなかなか抜けず、4日間に分けて抜糸しました。この糸が一気に抜けていたら、10日間の入院で済んだと思います。

■腫れ、麻痺、痺れ
前回の下顎手術に比べたら、全体の腫れはかなり少なかったですが、とにかく、オトガイ部分と首が腫れて、吸収スクリュー(ネジ)が入っているというよりは、靴べらが入っているみたいな感じでした。
スクリューだけで、吸収プレートは使っていません。
下唇が腫れて、上の歯しか見えなくなってしまい、術後の3日間くらいは、また出っ歯に戻ってしまったんではないかと、本気で心配しました。
腫れは1週間ほどで、かなりひいてきました。
5日目くらいまでは身体がすごくだるかったです。
手術前の説明で、オトガイ形成だけでも麻痺は出ますと聞いてはいましたが、手術の夜、歯磨きをしたら、下の前歯が全部なくなってしまったのではないかと思うほど、感覚がまったくありませんでした。麻痺は徐々に快復してきて、術後1ヵ月の現在はほとんど気になりません。
今回の手術でも痺れは出ませんでした。
しかし、2年半前の親知らず抜歯の時の痺れは、しっかり残っています。

■料金
10月分 総医療費  723,410円  自己負担額 221,370円

前回も入院費が1泊17,390円(入院日~14日以内)もして驚いたのですが、10月1日より一泊19,390円と2,000円もアップされておりました。
しかし入院費が上がっても、今回は月をまたぐ事もなく、医療費はすべて高額療養費の対象になりますから、私の場合は食事代などを含んでも、最終的には5万くらいの支払いで済みそうです。

■生命保険会社の給付金
私が加入している民間の生命保険の手術給付金は、前回の下顎手術の時には、すんなり支給されたのですが、オトガイ形成術について電話で問い合わせたところ、対象にならないと言われました。
大学病院に正式な手術名を問い合わせたところ、下顎骨形成術と言われ、保険会社の診断書には「下顎骨形成術」とだけ書いてもらい、無事手術給付金が支給されました。
大学病院の先生のお話では、逆にオトガイ形成術と書かないと支給されない保険会社もあるという事で、手術名の欄には下顎骨形成術(オトガイ形成術)と書くことが、一般的なようです。
同じ手術でも、保険会社や保険の種類や加入した時期によって、様々なようですので、これからオトガイ形成術を受ける方は、前もって保険会社に問い合わせされたほうがよいと思います。
除去手術は手術給付金の対象にはなりませんでした。
対象になる会社もあるようです。
入院給付金は支給されました。

■感想
矯正科の先生は元々、外科矯正することには大反対でしたし、下顎手術をした執刀医には、オトガイ形成までは必要ないと言われました。
でも、私はせっかく矯正を決意して、下顎手術まで受けたのですから、機能面、審美面の両方を考えて、オトガイ形成は私から強く希望しました。
術後3日目に顎のテープを取って、新しい顎とご対面したのですが、まず思ったことは、「妹とそっくりだー!」
私達姉妹は全然似ていませんでしたが、オトガイを出したら、頬から顎にかけてのラインがそっくりになりました。
梅干は口を閉じた状態だと、まったくわからなくなりました。
むしろ、笑った時にちょっと余韻が残っている感じです。
でも、私にしかわからないようなものです。
Eラインはばっちりです。

ただ、他人はそれほど気が付かないみたいです。
手術後「痩せた?」と聞かれることが多いですが、実は1kgも痩せていません。
オトガイ形成をしたことを知っている友達は、「顎出たねー、今度はわかるよ」と言ってくれます。
前回は悲しいくらい誰も気が付いてくれませんでしたから。

術後の最大の違いは、二重アゴにならないことです。
どんなに痩せても、いつもいつも丸顔の二重アゴでした。
やっぱり、下顎もオトガイ自体も小さかったんですね。

今回は10月の入院と言うこともあって、顎変形症の手術の患者さんは少なかったです。
むしろ舌癌などの患者さんが多くて、20時間以上かかった手術のお話を聞かせていただいたり、すごい傷跡を見せていただきました。
私も沢山悩んだ時期はありましたが、それに比べれば、顎変形症なんて病気のうちに入らないなぁと、色々考えさせられる2週間でした。
プロフィール

くうにゃん

Author:くうにゃん
大学病院で外科矯正しました。綺麗な歯並び、しっかりした噛み合わせ。でも、ブラケットを外したその日から具合が悪くなりました。
2008年より丸山咬合療法および動的平衡対応・咬合医療、そして様々な代替療法で完治を目指しています。

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