Archive | 2010年01月

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脳ドックに行ってみる その2

01/29
MRI室へ案内され、機械に入るため横になるが、首が痛くて辛い。
歯列矯正を始めたころも首が動かなくなって首のMRIを撮ったが、そのときは「異常なし」言われた。
脳ドックでは何か出るだろうか?

私:「首のMRIも撮るんでしょうか?」

検査技師:「いいえ、脳だけです」

私:「料金がかかってもいいのですが、首は撮ってもらえませんか?」

検査技師:「それですとまた外来で受付してもらいませんと」

私:「そうですか・・・私、首が辛くて」

検査技師:「首も少しは写りますよ」

脳ドックでは首は撮らないのか・・・

MRIはそんなに長い時間ではなかったが、部屋の外に出ると、順番待ちの患者さんがズラーと並んでいた。
また外来で受付して、一から首の順番待ちをする気が失せた。

暫く待っていると検査の結果が出た。
医師からの説明があった。

MRIの画像を見ながら。
医師:「綺麗ですね。問題はありません」

私:「首がすごく痛いんです」

医師:「首ですか」

医師が私の首を触る。
医師:「張っているので、首のストレッチをしてください」

脳神経外科の医師が教えてくれたのは、前に整形外科でも教わったような簡単な体操で、そんなものはとっくの大昔からやっていた。

結局、脳ドックでも何故具合が悪いのか、何故フラフラするのか、何故目が半開きなのか、何故首が痛いのか、何もわからなかった。
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脳ドックに行ってみる その1

01/28
毎日具合が悪い。
目は半開き、身体に力が入らない。

職場の健康保険で脳ドックが受けられることを知った。
脳ドックは高額だが、本人の負担はなかった。

よし、これで何かわかるだろう。
もう原因は脳しか考えられない。
2006年9月、脳ドックの予約が取れた。

脳ドックは午後からで、会社を早退して指定された脳神経外科へ行く。
午後1時から看護師の問診が始まった。

看護師:「何か気になることはありますか?」

私:「すごく具合が悪くて・・・私、目が開かないんです」

看護師:「えっ、開いてますよ」

私:「・・・・」


だから~、開いてなかったら、ここまで来られないだろうが。
開かないっていうのは、パッチリ開かないってことだよ。
おまえはそれでも脳神経外科の看護師かーーー!!


私にはそんなことを言う元気も気力もない。
心電図をとり、血液を採り、MRI室に案内された。
心電図と血液のデータは10月の大腸ポリープ切除術に必要と言われたので、ここで頼んで貰えることになった。

めがね屋さんに行ってみる

01/27
私の唯一丈夫ところは、神経が全部残っている歯と目である。
毎日パソコンの前で仕事をしていた割には、視力は1、0あった。

母は昔、視力2、0あったそうだ。
しかし32歳の時、急に具合が悪くなり、ドクターショッピングをして、最後にたどり着いたのは眼科だったという。

「老眼ですね」

わずか32歳で老眼宣言され、老眼鏡をかけた途端、一気に視界が開け、頭痛もなくなったという。

2006年、大腸の悪性のポリープを取っても私の具合は良くならなかった。
良くなるどころか、目が半開きにしかならない。
本来の私の目ではない。
私の具合の悪さも目から来ているかもしれない。
2006年夏、母に付いて眼鏡屋さんに行ってみた。

私:「具合が悪くて・・・もしかして老眼じゃないでしょうか?」

機械で目を調べる。

眼鏡士:「新聞の字は見えますか?」

私:「はい、見えます」

眼鏡士:「老眼というほどのものじゃないでね」

私:「そうですか・・・」

眼鏡士:「この眼鏡は気休め程度ですけど」

私:「じゃあ、これ買います」

もう気休めでもいい、少しでも楽になれるのなら。
人生初の眼鏡は10,000円だった。

眼鏡は買ったものの、かけた状態では歩けない。
所詮見える人には邪魔なものだった。

具合の悪い原因は目ではなかった。

装置の名前

01/18
最近知ったことだが、私の装置(マウスピース)の名前は実はMPA装置とは言わないらしい。
MPA装置は何度か改良されて、私の1個目と2個目の装置は、正しくは「MFA装置」という名前。

治療をされている歯医者さんのHPにもMPA装置と書かれているところがほとんどなので、一般的にはMPAと呼んでいるのだろうか?
患者の私には良くわからないが、現在治療中の人は先生に確かめてみると良いと思う。
まあMPAだろうがMFAだろうが、治ればどちらでも良いけどね。

そして3つ目と4つ目は、さらに新型のMPAだと思っていたが・・・
名前は「DS」というらしい。

(゚∇゚ ;)エッ!? 私の中で疑問が。

DS装置も丸山咬合療法っていうことでいいのだろうか?

くまごろう先生に聞いてみたが、先生にも分からないそうだ。
先生がわからないものは、私もわからない。
DSで検索しても、出てくるのはゲームばかりなので、今のところ情報はないが、近い将来ネット上でもわかることだろう。
そうなれば、私のブログの副題も変わってくるかもしれない。

どちらにしても、あごずれ治療「顎位矯正」であることはまちがいない。
今は装置の名前より、治ることが先決ね。

2010年1月15日の私

01/17
もう17日になってしまいましたが・・・

治療開始から2年が経った。
治療は今も続いている。

1年前のブログを読むと、我ながらよく頑張った、左の首がバンバンにはっていると書いてある。
そして半年前のブログには、3つ目の装置が出来てきたけど、うまく噛めないし、あまり変化は見られないと書いてある。

さて、半年前から変化はあったかというと、「あった」
どのように変わったかというと、こうなった。




4つ目の装置


ジャーン 4つ目の装置
左から1個目、2個目、3個目、4個目

4つ目の装置に変わってから、何か付いているような左首の激しいコリはなくなったし、最近は昼間の眠気もないし、朝もすっきり起きられるようになった。
半年前の私とは明らかにちがう。
まだ体調に波はあるが、少しゴールが見えてきたような気がする。

とはいえ、まだまだ左半身に力が入らない。
くまごろう先生は、「何年も具合の悪かった人がそんなに簡単に治るわけがないでしょう」とおっしゃっているので、治療3年目も諦めず、お世話になろうと思う。

今日も「頑張るにもほどがある」って言うくらい、くまごろう先生、スタッフ、患者の私、共に頑張っている。

消化器科に行ってみる その7

01/14
癌( ̄▽ ̄;)!!ガーン

って、シャレを言っている場合じゃない。
せっかく私にも病名がついたと思ったのに、「完治」と言われてしまった。

私:「先生、私は今もすごく具合が悪いんです」

おにぎり先生:「それはこのポリープとは別の原因です」

私:「他のポリープが原因でしょうか?」

おにぎり先生:「その可能性は低いですが、次回は10月に1泊2日の予定で入院して残りのポリープを取りましょう」

確かにポリープを切除してから、あたりまえのようにしていたゲリはしなくなったし、出血もなくなった。
私の身体から何か悪いものがなくなったのを感じる。

しかし、得体の知れない具合の悪さは消えることはなかった。
大腸がんとしては最良の結果だが、それでは何故具合が悪いのかわからない。
また振り出しに戻ってしまった。

消化器科に行ってみる その6

01/12
内視鏡での大腸ポリープ切除術から3週間後、病理検査に出されたポリープの検査結果を聞くために消化器科へ行った。

予約は一番最後の16時にしてもらった。
待合室で順番を待っていると、何故か妹が登場した。
いちお心配しているらしくて、いっしょに結果を聞くと言う。
あまりありがたくない。

名前が呼ばれて二人で、診察室に入った。

おにぎり先生:「先日のポリープの結果ですが・・・」

先生は紙にポリープの絵を書き出した。
ポリープの上の部分を黒く塗り潰す。

おにぎり先生:「大きさは2、3cmありました。ポリープの上、20パーセントが悪性でした」

私:「先生、それって大腸がんじゃないですかー!!」 

おにぎり先生:「まあ、そうですねー」

癌( ̄▽ ̄;)!!ガーン

私:「だから私、絶対普通じゃないって、言ったじゃないですかー」

おにぎり先生:「いやー、何でもないと思ったんだけどねー」

大腸がんはショックだったが、長い間わからなかった私の具合の悪い原因は解明できた。

「大腸がん」 なんとりっぱな病名なんだ。
やっと私の納得できる病名がついた。

私:「これから抗がん剤治療が始まるんでしょうか?」

おにぎり先生:「いいえ、ポリープの根っこの部分は良性だったので、これにて治療はありません」

!?工エエェ(゚〇゚ ;)ェエエ工!?

先生がくれたメモには、ポリープの絵と「今回完治」の文字があった。

消化器科に行ってみる その5

01/11
2006年7月、4泊5日の予定で消化器科に入院する。
ゲリと出血と貧血の原因は、大きく成長した大腸ポリープにまちがいない。

前回は家で2リットルの下剤を飲んだが、今回は手術前日に入院して、翌朝から病院で下剤を飲む。
手術の前日、おにぎり先生から手術の説明があった。

おにぎり先生:「腫瘍マーカーも上がっていなし大丈夫ですよ」

私:「でも私、すごく具合が悪いんです。絶対このポリープは普通じゃありません」

おにぎり先生は、「大丈夫、大丈夫」と軽く受け流した。

手術当日
前回同様、モニタでポリープを確認
真っ赤になったポリープは、画面いっぱいに映し出された。
悪そうなやつが、ゆらゆら揺れている。

手術はすべて内視鏡で行われる。
大きなポリープの根元に注射が打たれ、ポリープが浮いたようになる。
その根元を切る。

うーん、この切り方を良く覚えていない。
プシュン、プシュンとインベーダーゲームのように何か、発射されたのは覚えているが、それは傷口を止めたクリップだったかもしれない。

ポリープが切除された。
内視鏡は掃除機のようにポリープを吸い取れるようになっていて、すぐ終わりなのだが、ポリープが大きすぎて、吸い取ることが出来ない。
ポリープは腸の中で、クタッと横たわっている。

看護師:「お腹に力を入れて、力んでー!!」

私:「うーーーーーー!!」

何度も繰り返したあげく、
看護師:「はい、出ましたよー」

って、出産かよ?
テッシュの上には、クタッとなった「そら豆」が乗っていた。
超かわいくねーーー!!

私:「他のポリープは取らないんですか?」

おにぎり先生:「身体に負担がかかるので、残りは次回にしましょう」

次回って・・・( ̄▽ ̄;)!!ガーン

その後、車椅子で病室に移動し、2日間絶食して、4泊5日の入院生活は終わった。
入院して分かったが、おにぎり先生はこの病院の消化器科のトップの先生で、回診の時おにぎり先生の後には、4、5人の若い医師がついていた。
その光景はまるでカルガモの様だった。

消化器科に行ってみる その4

01/10
モニタに映し出されたのは、画面いっぱいの真っ赤になった「キノコ」だった。
いや、私にはそう見えたがキノコのはずがない。
大きなポリープだ。
なんて悪そうなやつなんだ。
「こんにちは、私悪性です」と手を振っているように、ゆらゆら揺れている。

おにぎり先生:「あー、出血の原因はこれだね。2cm以上はあるよ」

( ̄□ ̄;)ギョッ

さらにカメラは進んでいくはずが・・・
あまり進まない。

私:「痛っ、いたたたたたた・・・」

おにぎり先生:「いやー、腸が細くて、細くて」

こんな言葉を何度も繰り返す。

おにぎり先生:「いったん休みましょう」

カメラが入ったまま、おにぎり先生が手を止める。

おにぎり先生:「こんなに細いと普通に検査したら大変だ」

検査再会
おにぎり先生:「これもポリープですね。」

私:「はあ」

おにぎり先生:「これも、これも、これもポリープです」

いったい何個あるんだよー。

長い、長い時間をかけて、カメラは最終目的地の盲腸までたどり着いた。

おにぎり先生:「カメラを抜きます」

私:「あの、今日はポリープは切らないんですか?」

おにぎり先生:「今日は入院のベッドがないですから、次回切りましょう」

私:「えーーーー!!また、同じことやるんですか?」

おにぎり先生:「次回、4泊5日の入院の準備をして来て下さい」


( ̄▽ ̄;)!!ガーン ( ̄▽ ̄;)!!ガーン ( ̄▽ ̄;)!!ガーン

消化器科に行ってみる その3

01/09
2006年6月、大腸内視鏡検査を受ける。
検査台に横になった状態で、私はやっと消化器科の「おにぎり先生」と出会えた。

検査台の横には、パソコンのモニタがあって、私は自分の腸の中を目の前で見ることができる。
カメラを入れるときは気持ち悪い感触だが、カメラは腸の映像を映し出した。

おにぎり先生:「この盛り上がっているのはポリープですね。でもこんなのは大したことありません。切らなくても大丈夫です」

へー、私の腸にもポリープはあるのか・・・

暫くカメラが進むと、S字結腸まで来た。

私:「痛っ、いたたた!!」

おにぎり先生:「腸が細いですね」

私:「母も妹もすごく腸が細いと言われたそうです」

カメラはS字結腸部分からなかなか前に進まない。

その時、おにぎり先生と私は同時に声を上げた。

w川・o・川w オォーーー!!

なんだこりゃ?

強くなるにはどうしたら良いか?

01/04
丸山咬合療法を始めて、もうすぐ2年になる。
2年も経つと、患者なりにいろいろ知識がついてくる。
この治療は良くなったり、悪くなったりを繰り返す、そんな治療だ。

心身共にもっと強くなりたいって思う。
くまごろう先生ともメンタル面についても、お話する事が何度もあった。
元気なくまごろう先生でも、「もっとメンタル面を上げなきゃ」とご自身のことを言っていた。

昨日、TV「さんま玉緒のあんたの夢かなえたろかSP」という番組を見た。
当選したのは、ソフトボールの顧問をしている小学校の先生で、「ソフトボールの上野選手と練習したい」という夢。

その番組の中で、小学校の先生が上野選手に「精神的に強くなるにはどうしたら良いか?」という質問をした。

私は上野選手はスポーツ選手だから、根性論を唱えるかと思ったが、上野選手の答えは全然ちがった。

「となりの人が元気がなかったらどうする?大丈夫かなって気にかける?」

「じゃあ、皆のことはどうかな?」

録画していた訳ではないので、はっきりとした言葉ではないが、こんな感じのやさしい話し方だった。

要するに、「お互いがお互いを思いやる気持ちがあれば、人は強くなる」という説明だった。

私はこの治療にダブって、涙出ちゃったよー。

私がどんなに辛くても治療を続けて来られたのは、先生との信頼関係とお互いを思いやる気持ちなんだって思った。
こんなにオーバーに考える患者もそういないだろうけどね。
それだけこの治療は辛い患者もいるってことよ。

それにしても上野選手ってすごい!!
指導者になる勉強もしているという。
将来、上野ジャパンが誕生するかも?!

謹賀新年2010年

01/03
お正月までには退院すると言って、総合病院の血管外科に入院した母だが退院は出来なかった。
それでも31日~3日まで、外泊許可をもらって一時帰宅が出来た。

結局、母の脚の大きな痛みの原因は、「潰瘍」ということだった。
胃潰瘍は聞いたことがあるが、脚にも潰瘍って出来るのね。
昨年8月に左膝を手術したが、潰瘍が出来たのは右脚で、潰瘍は4か所も出来ていた。
何故潰瘍が出来たかというと、リンパの流れが悪くて、象のように浮腫んだ脚をかいたので、そこが傷になり潰瘍になってしまったとの事。

治療は脚をバブの入れたお湯に暫く漬けてから、腐った部分を医師が削る。
これが麻酔なしだから、毎日「産みの苦しみ」と母は言っている。

この治療に耐えるためには、身体に力が入ってしまうので、歯も噛み込んでしまう。
それを避けるために、母は治療の時はタオルを噛んでいるという。
さすが、あごずれ治療を長くやっているだけのことはあるわ。

両足が痛い母だが、あごはずれていないので、全然元気なのよ。
1日から福袋を買って、ご満悦で病院に帰った行った。
本当にちょっとのかみ合わせで人間の身体って、変わってしまうのね。

さて、今年こそは私の治療についても書いていくわー。
プロフィール

くうにゃん

Author:くうにゃん
大学病院で外科矯正しました。綺麗な歯並び、しっかりした噛み合わせ。でも、ブラケットを外したその日から具合が悪くなりました。
2008年より丸山咬合療法および動的平衡対応・咬合医療、そして様々な代替療法で完治を目指しています。

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