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子供の頃の体調

02/28
丸山咬合療法に出会うまでには、ながーい道のりがある。
不定愁訴なんて言葉はここ何年か前に聞いた言葉で、私は物心ついたころには、自分は他人より弱いと感じた。
私は虚弱体質な子供だった。

赤ちゃんの時から、泣かない、食べない、たれない子だったと母は言う。
あまりに声を出さないので、母はこの子は口が利けないのかと、手にお湯をかけてみたら、ギャーと泣いたので安心したという恐ろしい話がある。

私は本当に良く熱を出す人だった。
子供の頃はもちろん、大人になっても良く熱を出した。
手足はいつも冷たい。幼児から冷え性。
それと食が細い。幼児なのに幼児体形ではない。ウエストが括れている幼児。
乗り物酔いは赤ちゃんの時から酷かった。
小学校の先生が乗り物酔いは、気の持ちようだと言ったことを今でも忘れない。
犬でも車酔いしてるのに・・・

小学校3年の時から肩こりが酷くなり、自転車に乗るのが辛かった。
体も子供なのに硬かった。
柔軟体操すると股関節が痛い。
運動神経も悪い。逆上がりは人生の中でついに一回も出来ることはなかった。
小学校の高学年の頃には、猫背で外また歩きだった。

一言でいうなら、「虚弱体質」
別に病気じゃないのだから、体質とか言えなかった。
5年生くらいで今の体形とさほど変わらないので、その頃の歯と顎状態も覚えている。
歯はすべて永久歯、歯が大きく、出っ歯。
下顎が極端に小さく、奥歯で噛むと前歯はまったく当たらない。
父親には「口を閉じれ」とよく言われた。
普通にしていると口は閉じないのだ。
無理やり閉じると、下顎は梅干状態になった。

中学生になると、友達との体力の差がますますはっきり出た。
私はとにかく疲れやすい。
走るとすぐにお腹が痛くなってしまう。
中三の時、3kmのタイムを計る体育のテストがあったが、私はそれで酷い目にあった。
全身つったような状態で、まったく体が回復しないのだ。
修学旅行はゲロ袋を持って、いつもバスの一番前に乗っていた。
2泊3日の修学旅行で、私はどんどん衰弱していった。

あー、こうやって自分で書いているだけで、私は子供の頃からあごがずれていたのかもしれない。
そうだ、きっとそそうだ!!

体力だけのことを書くと、かなり厳しいようだが、私は「虚弱体質な姉御肌」で、私の周りにはいつも友達が沢山いた。
小学生のときも、中学生のときも学校は大好きだった。
廃人になるなど考えられなかった。

くまごろう先生の治療のお話を聞くと、先生は子供のあごずれに力を入れているようだ。
子供時にあごずれを直せば、私のような辛い状態にならず、強い子になるという。
なんて素晴らしいんだろう。

私:私も子供の時にくまごろう先生の患者になりたかったわ。てか、先生も子供じゃん!!

くまごろう先生:ヾ(@°▽°@)ノあはは
プロフィール

くうにゃん

Author:くうにゃん
大学病院で外科矯正しました。綺麗な歯並び、しっかりした噛み合わせ。でも、ブラケットを外したその日から具合が悪くなりました。
2008年より丸山咬合療法および動的平衡対応・咬合医療、そして様々な代替療法で完治を目指しています。

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